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2008.03.05(Wed)

今後自転車事故は見せしめ的に重過失が認定される?(更新アリ) この記事をはてなブックマークに登録

※08年2月18日第1版アップ。3月5日更新。

 最近の状況を見るに、今後自転車事故は見せしめの意味合いで重過失が適用されるケースが出てくるかもしれない。

毎日新聞『重過失致死:はねて死亡させた自転車女を書類送検 警視庁』”より
 東京都渋谷区渋谷2の区道交差点で07年11月、横断歩道を歩いて渡っていた同区神宮前2の無職、藤田玉子さん(75)が同区恵比寿4の女性会社員(47)の自転車にはねられ死亡した事故で、警視庁渋谷署は18日「前方の安全確認を怠った」などとして会社員を重過失致死容疑で書類送検した。

 調べでは会社員は歩行者の自転車専用信号が赤だったのに、時速約30〜40キロで交差点に進入したとみられる。


 情報を調べてみると、自転車に乗ってた女性は坂道を下って出たスピードのまま交差点を通ろうとした模様。
 で、警察は「3・40キロのスピードで人通りが多い所を走るかフツー?」ということで重過失を認定した(直感的に言うと「知っててやった」「殺す気満々でやった」と認定される事)という感じですかね。

自転車マナーが悪い人は(社会的に)自殺したいのか?


 近年、駅前など人通りが多く混雑している所でも自転車のペダルを漕いで通ろうとする輩がいる。ああいう所を自転車で走り抜けようとすれば衝突事故が起きる可能性は飛躍的に高まるだろうに。それで事故を起こしちまったら重過失を認定されてより重い刑罰が科されると思うのだが・・・。

2例目の重過失認定


 この記事書いた時は「もしかしたら」程度に考えていたが、自転車事故で再び重過失認定がなされた模様。

Yahoo!ニュース(毎日新聞)『<重過失致死>高2を送検 自転車ではね死なす 愛知・新城』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080305-00000006-mai-soci
 愛知県新城市平井の市道で昨年10月、近くに住む無職男性(当時67歳)に自転車で衝突し、死亡させたとして、県警新城署が運転していた市内の高校2年の少年(17)を重過失致死容疑で名古屋地検豊橋支部に書類送検していたことが4日、分かった。
(中略)
 調べによると、少年は昨年10月5日午後10時ごろ、市道の下西浦橋上で、犬を連れて散歩中の無職男性を自転車ではねて死亡させた疑い。男性は翌6日、脳挫傷で死亡した。少年は容疑を認めているという。

 同署は先月20日の書類送検の際、少年が(1)現場の下り坂直線道路をスピードを出して走っていた(2)暗い道にもかかわらず、前方の安全確認を怠った−−ため、正面衝突したとして、重過失致死容疑にあたると判断した。


 警察は冗談抜きで自転車事故の厳罰化を進めるつもりなのかもしれん。法律ってのは、元々事故・犯罪の事前阻止のために存在するからこういうやり方もありっちゃありだが・・・。
 都市部では自転車に乗りづらくなってくるな。

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2007.12.16(Sun)

裁判官の増員なくして司法改革は成し得ない? この記事をはてなブックマークに登録

 ニュースを見てると、「何?このキチガイ判決?」と思うような裁判に出くわす事があるが、そういう「トンデモ」が飛び出してる背景には、裁判官に過負荷が掛かり続いている事による品質低下があるらしい。

※「はてなブックマーク」を経由させる形でリンクを張ります。
日経ビジネスオンライン『日本の裁判官がおかしい 時代錯誤のエリート主義が生み出すトンデモ判決』(はてなブックマーク)
関連:解決不能『裁判官には常識が通用しない』(はてなブックマーク)

書類の高さは1.5メートル、それを一人2〜300件処理


 「日経ビジネス」の記事によると、諸外国に比べ日本の裁判官の数は圧倒的に少ないらしい。

〜人口10万人当たりの裁判官数(2004年最高裁発表)〜
・日本:1.87人
・アメリカ:10.85人
・イギリス:7.25人
・ドイツ:25.33人
・フランス:8.78人


 この数値は、「日本の裁判官は1人当たり200〜300件の事件を担当させられている」と言い換える事ができ、事実、この過剰労働は裁判官を確実に鬱や過労死、自殺に追い込んでいるらしい

 これを見ると、トンデモな判断を下す裁判官が現れても不思議じゃないなと思う。
 ただ、裁判官を増やそうと言っても、予算の問題と、裁判官という職に魅力があるのかという疑問が引っ掛かるけど。

裁判の質の低下、4つの理由


(1)判検交流(裁判官と検察官の交流人事)などにより検察に有利な判決が出やすい(疑わしきは罰する)

(2)国会の証人喚問以外で偽証が罪に問われることがほとんどなく、裁判は嘘のつき合いになっている

(3)多くの裁判官が官舎と裁判所の往復で暮らし、一般人との交流が少ないため、世間知らずで非常識な判決が出る

(4)裁判所や判決に対するチェック機能がなく、外部からの矯正作用が働きにくい


 記事は日本の裁判制度の問題点について指摘しているが、(1)と(3)はブログや2ちゃんねるとかでもよく言われている事ですな。正直、「裁判官に一般常識が備わっているのか(≒「判例というマニュアル」に縛られ過ぎている)」と「裁判所の独立性は保たれているのか」については疑問がある。
 ただ、(4)のチェック機能は実現は難しい気がする。裁判はマジで専門性が高すぎるから、やれて法曹界全体によるレビューの実施くらいのものでは?

裁判における「情報の非対称性」を無くせ!


 最後の方に、「ディスカバリー(証拠開示)制度」という興味深い制度の説明が書かれている。ディスカバリー制度とは、「裁判が始まる前に、当事者間で争点に関する全情報(書類、データなど)を開示しなくてはならない」という、アメリカ・イギリスの裁判で定められている制度のことである。

 これは日本にも整備する必要があるんじゃないかなと思う。

 一例を挙げると、「須賀川市立第一中学校柔道部暴行事件」の裁判で、市側が公表した事故(事件)調査報告には客観性に不安があるので、警察が行った現場検証の記録の開示を検察に請求したのだが、検察はなぜかその請求を拒否している――というのがある。
 こういうのを見ると、原告・被告を問わず、いわゆる「情報の非対称性」によりアンフェアな状況に置かれている人が多そうだ。

 アンフェアな裁判、それによるキチガイ判決を無くすという意味で、この「ディスカバリー(証拠開示)制度」の設定は必要だと思う。

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2007.10.04(Thu)

中絶禁止法の存在で命を落とす女性が この記事をはてなブックマークに登録

 中絶(堕児)を容認すべきか否か? これは数学みたいにハッキリと答えを出せる問題ではない。

 上手く言えないのだが、
「レイプされて妊娠し、その子供を産み育てたいと思うか?」
「経済的に問題があるのに子を産ませ、その結果親無しの子供やいわゆるストリートチルドレンなんかが発生したらどうするんだ?」
というような理由で私は中絶について容認寄りの立場をとっている。
(ただし、D〇N的な理屈で中絶するというのには反対である。)

 さて、「中絶を容認すべきか否か?」という問題で、中央アメリカの国ニカラグア(南北アメリカの連結点に位置する)ではこんな騒動が起きている。

ロイター『ニカラグアの中絶禁止法で女性が多数死亡=人権団体』”より抜粋
 ニカラグアで11カ月前に中絶が全面禁止となったのを受け、少なくとも80人の女性が死亡していることが分かった。米国に拠点を置く人権団体「ヒューマンライツ・ウォッチ」が2日明らかにした。


 記事を読み進めると、ニカラグアで中絶が全面禁止されているのはカトリック教会の影響によるものらしい。
 このような動きはアメリカのブッシュ政権でもあったよな。

 で、このニュースを見て「なんだかなぁ」と思ったのは次の部分。

 同団体によると、ニカラグアではいかなる中絶も禁じられているため、中絶で助かるような危険な妊娠をしている女性も死亡しているという。

 同国の議員らは、昨年11月5日に行われた大統領選挙の1週間前に、性的暴行による被害や出産による死の危険がある妊娠を含む中絶禁止法の延長を決定。


 中絶禁止派の論拠の一つに「胎児の命を奪うのは問題だ」というのがあった気がする。でも、健康上の問題があっても中絶を認めないんじゃ母体もろとも死んでしまう可能性があるわけで・・・。
 一つの命を救うための法律が、結果として2つの命(胎児・母体)を奪う。これは凄い本末転倒な気が。

 この手の問題は考え出すとドンドン深入りしていくのでここで打ち止めにするが、中絶にしろ安楽死にしろ、「これだ」と一つに決め付けるようなマネはせず、選択肢を残しておく必要はあるのではないですかね?
―――――
 このニュースは「2NN」経由で知ったのだが、当該スレの書き込みによると、チリ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、バチカンの五ヶ国はどんな理由であっても中絶を禁止しているのだとか。
 カトリックの影響が強い国は中絶を禁止している傾向が強い模様。
 また、ボリビアは法律上では中絶を認めているものの、レイプされた女性が合法的な中絶を受けるチャンスは殆ど無いのが実情らしい(JANJAN『ボリビア:レイプでも中絶は禁止か』)。

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2007.01.30(Tue)

「もったいないお化け」を知らんのか! この記事をはてなブックマークに登録

iza『奈良県教委“熱血校長”処分 給食粗末にした児童に体罰』”より
奈良県三郷町立三郷北小の岡本喜代治校長(59)が、給食を粗末にした児童に軽傷を負わせたとされる問題で、県教委は体罰だとして岡本校長を懲戒戒告処分とした。この問題をめぐっては、児童に非があるとする声が県教委などに多数寄せられていた。

県教委などによると、昨年11月13日、同校4年の男子児童が給食のご飯を丸めて教室の天井にほうり投げるなど悪ふざけをした。担任教諭から報告を受けた岡本校長は翌朝、校門前で男児を見つけると、ほおをつかんで引きずり、尻をたたいた。男児は倒れた際にひざなどを擦りむき、1週間欠席したという。


食べ物を粗末にするのは罰当たりもいいところなので、この生徒と親の方に非がある事は明らかだろう。
体罰のさじ加減は微妙な問題ではあるが、このケースで校長に懲戒処分を課すのはやり過ぎな気がする。

記事を読んでいて、「校長がこの生徒を叱ったのは、悪ふざけをした翌日である」ってところがちと気になった。
直感的に考えれば、担任がこんな悪ふざけを発見したらその時点で叱るものだと思うが(私の担任の前でそんな事をやれば大目玉は確実だったろう(汗))、記事には担任がその場で生徒を叱ったという記述は見られない。
仮に担任が何もしてなかったとしたら、これは問題になるんじゃないですかねぇ?

近年、「体罰=絶対悪」みたいな風潮になってしまってる。
しかし、チビッコってのはビンタの1発でも喰らわないと善悪が分からない場合があるので、一概に体罰を禁止する・悪であると捉える事は、反って社会的有害になりはしないだろうか?
ただ、体罰をするにしても、どのラインを超えたらやるべきなのかの判断が難しかったり、教師の中には理性的な行動を執れない奴もいるという問題がある。
この辺りは所謂「経験知」がモノを言ってくると思うので、それをベテラン教師から吸収する機会を持たせるという意味合いで、教員免許の更新制導入は必要なのかもしれませんな。

なお、体罰は教師と生徒の間に信頼関係が構築されていてこそ効果があるってのは忘れてはいけない気がする。

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2006.11.21(Tue)

「いじめ」の根っこにあるモノ この記事をはてなブックマークに登録

二十歳を迎えてから、ようやく話の奥深さが少し分かってきた漫画『浮浪雲(はぐれぐも)』。
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この漫画は「人生とは、人間とは何ぞや?」を問い掛ける作品であり、時折心の奥底に深い一撃を喰らわせてくれるような話が出てくるので、「道徳の教材にはこれを使え!」と言いたいくらいの良作だと私は思っている。
(ただし、ご愛嬌程度に「助平な描写」が入っているので、教材にするには難しいところがあるか(笑))

さて、昨日発売された『ビッグコミックオリジナル(12月5日号)』の連載で、「ついに」と言うべきか、浮浪雲でも「いじめ問題」が取り上げられた(第783回『いじめ虫』)。
(07年9月21日追記)
下に紹介するコミックス84巻にこの話が収録されています。
浮浪雲 84 (84) (ビッグコミックス)
ジョージ秋山
小学館 (2007/05/30)

ある日、塾の優等生がいきなり自殺してしまい、その原因がどうもいじめにありそうだと塾の師範は考えるのだが、そうだとは確信出来ない。
「自殺の原因はなんだったのか?」
塾の師範は浮浪雲に相談するのだが、その中で浮浪雲は、いじめについて次のように語っている。

いじめの根っこは、なんだかわかります?
遺棄でんす。

死体遺棄。これは重い罪でんす。
しかし、生きてる人間を遺棄する。これはもっと重い罪です。

ですけど、お咎めは受けません。
その罪は見えませんから。


・・・「生きてる人間を遺棄する」、か。

三省堂『新明解国語辞典(第五版)』より
「遺棄」
・保護(始末)すべきなのに、それを怠り、そのまま捨ておくこと。
・狭義では、じゃま(余計)な物としてどこかに捨ててしまう意。


たとえ暴力は無くても、無視とかされる事で、自分がいないものとして扱われるのはかなり堪えるモノがあるよなぁ。

いじめは「遺棄」だと指摘されて師範は過去を思い返す。
いじめ(遺棄)は日常風景と同化して、何の悪意もなく行われていた・・・。

漫画の終わりの方で、「いじめとは自我である」という話が出てくる。
自我=いじめとは、「人を妬み」「人を蔑み」「人を虐げる」という念であり、この念はどんな人間も持っていると共に人間が生きるための力にもなっているのだという。
哀しいけど、これは真理を突いているなぁと思った・・・。

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2006.11.10(Fri)

赤子は一体何を思うか・・・? この記事をはてなブックマークに登録

“asahi.com『熊本の病院が「赤ちゃん引き取りポスト」 賛否両論』”
熊本市のとある病院が「捨てられて命を落とす赤ちゃんや中絶せざるを得ない母親を救いたい」という事で、様々な事情で子育てができない親が乳児を託す「赤ちゃんポスト」なるシステムの導入を決めたそうな。

“赤ちゃんポスト”導入の考え方、これって今年の3月頃に少し話題になった福島県の“里親コーディネーター”の話と何か通ずるところがあるような気がするなぁ。
(参考:“Blog-Headline『中絶希望者に里親を案内する新制度(福島県)今春から』”

子供を産む産まないとかいった“選択肢を増やす”という意味では、この方法もアリなのかもしれない。
それに、ヘタな所に置き去りにされる場合もあるというのを考えれば、こういった安全な場所が存在するというのは子供の命を守るためにも重要であるとも言えよう。

しかし哀しいかな。子供に対する虐待が蔓延っている今の世では、赤ちゃんポストの導入は育児放棄や子捨てを反って助長しちまうような気がしてならない(汗)

・・・この手の話は非常にナイーブであり、“これがベスト”どころか“これがベター”だと示すのはハッキリ言って不可能に近いと思う。
“痛いニュース『要らない子供を捨てる「赤ちゃんポスト」が熊本に登場』”
ただ、いくら“我が子の為”と言えど、子供からみれば赤ちゃんポストに預けられるというのは“親に見離された”と同義に思う可能性も強い。
実際に、肉親と思っていた人と直接的な血の繋がりが無い事が判明した時のショックはそれなりのモノである。
仮にこのような制度が実際に導入されても、それを利用するかどうかを考える際は、自分達の現状を直視するのはモチロンだけど、文句も言えない赤子が将来親の決断をどう思うかについても十分考える必要があるだろう。

だがそれ以前に、
人の親になるとはどういう事であるか?
まず、これを自分の中で十分過ぎるほどに考えていかなければならない事を忘れてはいけない。

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2006.11.08(Wed)

止まらない虐待 この記事をはてなブックマークに登録

 ・・・これなんてエ(ry
――というブラックジョークをかます事すらためらわれる程に悲惨な事件である。

“YOMIURI ONLINE『娘に暴行4年の父、「鬼畜」と懲役12年…札幌地裁』”より
4年近くにわたり、実の娘を繰り返し暴行したとして、強姦や準強姦などの罪に問われた北海道日高地方の無職男(49)に対する判決が7日、札幌地裁であった。

 井口実裁判長は「鬼畜の所業。厳罰をもってのぞむほかない」として、懲役12年(求刑・懲役13年)を言い渡した。

 判決などによると、男は、長女が9歳のころからわいせつな行為を始め、暴力を恐れて長女が抵抗できないことにつけ込み、今年3月までに、少なくとも4回乱暴した。長女が3月に家出し、父親を警察に告訴したことから発覚。検察側は、02年7月以降、男が2、3日おきに暴行を繰り返していたと指摘した。

 井口裁判長は、「1人で耐えるしかなかった苦痛と絶望は想像を絶する。(憎しみから)父の死刑を望む姿は哀れである」と述べた。

(2006年11月7日11時31分 読売新聞)


 この手の虐待事件の前例として、『尊属殺法定刑違憲事件(栃木実父殺し事件)』というのがありましたな。
(『尊属殺法定刑違憲事件』は、高校政経の教科書もしくは資料集に軽く取り上げられているので、この事件を見た事がある人も多いと思われ)

 今年は(“近年は”と言うべきか?)子供への虐待のニュースを目にしない日の方が少ない気がする。「虐待するような奴らの気が知れねぇ」ってのが率直な思いだが、虐待やいじめみたいに“自分より弱い者に手を出す”というのは、ある意味“ヒトの業”なのかもしれない・・・。

 それはともかく、この事件の判決である懲役12年が果たして妥当かどうかについてちょっと議論が出てきそうですな。
 量刑がどの位で妥当なのかはよく分からんけど、とりあえず、キチガイ親父が出所した時に被害者である長女をちゃんとガード出来るかが重要な問題になってくると思う。参考までに、06年の犯罪白書によると、性犯罪者の再犯率は軽視出来ないモノであるそうな。
YOMIURI ONLINE『性犯罪者の2割強が再犯、06年犯罪白書公表』

 (あくまで可能性の話だが)長女が二十歳過ぎ位になった頃にキチガイ親父は出所する計算になるけど、出所した親父がいい年頃になった長女にまた手を出すという可能性はあり得るし、また逆恨みからいわゆる“お礼参り”的な事をしてくる虞もある

 犯罪の事前防止・摘発はモチロン重要であるが、再犯をいかに防ぐかというのも今後はより大きな課題になっていきそうですな。
 ちなみに、終身刑が存在すれば長女の安全をとりあえず確保できると思われるが・・・。

タグ : ニュース 裁判 これはひどい

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