「鮨は手で食べるのが通」は本当なのか?
以前、フジテレビで水曜深夜に放送されているドキュメンタリー番組「NONFIX」でこのお店を取材した回を見ていたので(2004年5月放送)、興味本位で2ちゃんねるの「すきやばし次郎」関連スレを覗いてみた。
スレを覗くと、こんな書き込みが目に入った。
「鮨は手で食べるものだ。」
鮨は手で食べるのが通?
鮨に関する話題で、よく「鮨は手で食べるのが通だ」という話が出てくる。しかし、鮨の歴史を見てみると、どうも「鮨は手で食べるのが通だ」と言うのはナンセンスらしい。
※これから書く内容は、サトウサンペイ著『ドタンバのマナー』で得た知識を基にしています。
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社会人になる前に読みました鮨は風呂上りに食べる物だった
現代に普及している「にぎり寿司」は、江戸時代末期にそのルーツが誕生したそうだが、当時にぎり寿司というのは、風呂上がりの人をターゲットに、銭湯の前に出した屋台で売られていた物だったらしい。
(なお、店舗を構えて寿司を出すという現代のスタイルも存在している。つまり、江戸時代の時点でいわゆる回転寿司と高級路線のスタイルに分かれていたということか。)
で、風呂上がりで手は当然綺麗になっているということで、客は屋台で出される寿司をそのまま手掴みで食べていたのだという。
――これが、「鮨は手で掴んで食べる」のルーツである。
なお、こちらのサイトに『ドタンバのマナー』に書かれている内容と大体同じものが書かれている。
▼Jun Pacific Corporation Pty. Ltd.『食品豆知識メニュー』
・手掴みで食べるのは屋台系の食べ方の名残。
・箸を使うのは店舗系の食べ方の名残。
まとめるとこんな感じになるそうで、「手掴みと箸、どっちで食べるのが原則か?」は無問題であり、別に「手で食べるから通」というワケではないってのが真実のようだ。
要は、好きな方で食べてOKってことですかね(ちなみに、私は箸を使う派です)。
どっちで食べても欠点はある
好きな食べ方でOKと書いたが、どっちの方法にも欠点がある事も書いておかないとマズイだろう。
うろ覚えだが(本は実家に置いてある(汗))、本にはこう書かれていた。
・箸を使う場合:手は汚れないが、鮨が崩れやすい。
・手で掴む場合:体温が鮨に移ってしまう。
手で掴むケースは、さっさと口に運んでしまえば無問題だろうが、鮨の持ち方に不慣れだと、長時間にぎりを持つことになりそうでマズイかもしれない。
※鮨の持ち方については、(直感でw)以下のサイトをピックアップしときます。
▼すし 山葵(わさび):鮨の食べ方を写真付きで解説。
▼WinChalow『にぎり鮨の正しい食し方(マウス法) ●実践編』:鮨の食べ方の乱れを憂いた人による、PCのマウスを使った解説。
寿司屋で酒を飲む人は嫌われる?
この記事を書くのに色々なサイトを巡った。情報をまとめると、鮨を食べる際は次の点に気をつけた方が良いみたいですな。
・あまり肩肘張らなくてOK。
・箸と手掴み、どっちでも構わないが、綺麗に食べること。
・鮨が出されたら、出来るだけ早く食べるべし。放置プレーはダメ(笑)
・上に関連して、酒を飲みながら鮨を食べるのを嫌がる板前さんは多いらしい(戦前だと寿司屋で酒は飲めなかったとか)。
[関連リンク]
▼てんちょの花鳥風月(味の素ホームページ)『【鮨の作法】』:寿司の起源や用語の説明。
▼錦寿司ホームページ『寿司屋に聞こう!!』寿司屋に関する様々な疑問にお答え。
▼ためしてガッテン『新春スペシャル 和食の極み 寿司の神髄 大研究』:この手の話では定番として。
※「ビッグコミックオリジナル」で連載されているコラム「オリジナル名物 こだわりの店」の特選集。
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タグ : 読み物
命を「いただきます」
この論争は、新聞か何かに「お金を払っているのだから、外食の時は「いただきます」を言わなくてもいい」という意見が送られたのを、永六輔さんがラジオで取り上げたのが発端だったと記憶している。
(ちなみに、「お金を払っているから」というのはD〇Nの理屈だと私は思いますね。)
何に対して言う言葉?
私は食事の際は手を合わせて「いただきます」を言うように心がけている。
(と言っても、外食の際は小声or心で言うようになってますがね。)
もはや“習慣”として機械的にやってる感じであるが、人に「何で「いただきます」を言うの?」と聞かれれば、私は、
「いただきます」は「料理を作ってくれた人への感謝の言葉」
と答えるだろう。
他方、永六輔さんは「いただきます」の意味について、毎日新聞のインタビューでこう話していた。
「肉、魚、野菜に対し、「あなたの命を“いただきます”」と感謝の意を表すために言っている。」
命を「いただきます」
さて、「はてなブックマーク」を眺めていたところ、こんな記事を見つけた。
(注)残酷系の話なので、耐性が無い人はスルー推奨。
▼アフォBlog『日給2万だったけど1日で辞めた。』
この話を読んで、「可哀想」と思った。でも、こういう現場の話を聞いて、「可哀想」と思ったところで私は肉を食べるのを止めない――いや、止められないだろう。
なぜなら、お肉の美味しさを知ってしまっているから。
今の時代に生きる我々は、当たり前のように米、肉、魚、野菜を口にしている。そういう時代だからこそ、「食卓にそれらが並ぶ前には、「アフォBlog」の記事に書かれている光景があるんだよ」「他の生き物の命を食べているんだよ」というのを頭に入れておくべきだと思う(たとえすぐに忘れてしまうにしても)。
こういう話を読むと、永さんが言ってた「命をいただきます」の意味がいかに重いかが分かってくるなぁ。
あと、この2つには激しく同意。
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/06(火) 21:35:30.23 (p)ID:3buhYveB0(7)
>>30,32
料理で肉が出たら残さず食ってくれ。それが供養と思ってくれ。
俺は上司からそう言われたよ。
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/06(火) 21:36:40.88 ID:llKKLMrEO
丑さん豚さんと捌いてくれてる肉屋さんに感謝してたべなきゃな…
俺もっと大事に肉食うよ
タグ : 読み物
寿司屋が「時価」表記を廃止した
寿司屋はなぜ時価を採用し、メニューを置いてないのか?
7月の終わりに、「R25」にこんな記事が出ていた。▼R25『ボーナスで行きたいお寿司屋 値段とメニューがないワケは?』
たまに雑談のネタになる、「なぜ寿司屋は値段を出さないのか?」問題。
記事によると、寿司屋が値段を明示しない理由は次の3点にあるそうな。
・利益の確保(テナント料が高い所など高級店で多い)。
・時価を採用しているの店は、その日その日でメニューを書き換えなければならないので余計な手間が掛かる。
・そもそも寿司屋が接待などに使われることから、「接待される側に気を遣わせない配慮から」。
この記事を読んだ時、寿司屋の言う理屈を理解出来たけれど、「触らぬ神(時価表示の店)に崇り無し」とも思ったものだ(笑)
「時価」表記を廃止する寿司屋組合
「値段が明示されていない」というのは、「回らない寿司屋」から人を遠ざけている一因であることに異論を挟む余地は無い。だが、この主張に対し、「回転率が低くても客単価が高ければ寿司屋はやっていける」という反対説も存在するだろう。
しかし、「客が入らなければどうしようもない」のは事実な様で、宮城県気仙沼市の寿司屋組合は、客に安心して店に入ってもらうためこんな試みを始めたとか。
“Yahoo!ニュース(毎日新聞)『<雑記帳>宮城・気仙沼寿司組合が「時価」を撤廃』”より
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071007-00000018-mai-soci
◇宮城県気仙沼市の気仙沼寿司組合(加盟20店)が、各店のメニューから漁獲量や新鮮度で値段が変動する「時価」を撤廃した。組合丸ごとでは、全国初という。
◇値段が分からない時価が、すし屋の敷居を高くしていると判断。「自慢の素材を明朗会計で提供する」を合言葉に、ウニやフカヒレなどの高級ネタも価格を明示する。
◇魚どころ・三陸のネタが自慢の同組合だが、清水直喜組合長は「若い人でも気軽に入れる店じゃないと長続きしない」。すし屋の未来は若者が鍵を「握る」?
価格が分からないのは怖い
やっぱ値段は事前に分からないと怖いものがあるよなぁ。仕入れ値など寿司の原価を推測するのが容易ならば、価格表記を「時価」にしても構わないかもしれないが、果たして一般人にそれが出来るのか?
また、ブラックな事を言うと、「時価」表記にして具体的な価格を示さなければ、寿司屋は客からボッタくる事も可能である。
気仙沼の寿司屋組合は、これらの消費者心理を汲み取って時価表示を撤廃したのだろうけど、もっと早くにすることは出来なかったのですかね?
慣習とかに囚われ過ぎるのは如何なものかと?(逆に合理性を追求し過ぎるのも問題だが)
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社会人になる前に読みましたタグ : ニュース
弁護士無し。独学で裁判を戦い抜いた女性
“読売新聞『不当な高金利に独学で勝訴、京都40代女性が12業者に』(ウェブ魚拓)”より抜粋
消費者金融業者から不当に高い金利を払わされたとして、京都市の女性(45)が、弁護士に依頼せず、貸し手12業者を相手に計約460万円の過払い金返還請求訴訟を起こし、勝訴や実質勝訴の和解で全額を取り戻した。
市販の専門書などを参考に独学で法律を勉強し、4年間裁判を続けた、その原動力は、夫(44)の趣味を生かした小さな飲食店を守りたい一心だった。女性は「同じように困っている人に、自力でお金を取り戻せることを知ってほしい」と話している。
...
毎月の返済は15万〜20万円に達し、生活にも困り始め閉店も考えていた03年春。書店でふと立ち読みした本で、利息制限法の上限を超える利息は払う必要がないことを知り、自宅で計算し直すと、7年間も払い過ぎていたことがわかった。
悔しさがこみあげたが、弁護士に頼む余裕はなく、夫は店の経営に専念するため、女性は一人で訴訟を起こすことを決意した。大学時代も法律とは無縁だったが、書店で専門書を購入し、図書館に通い詰めた。訴状は手書きで作成し、03年8月に1社を相手に、京都地裁に初提訴した。
アレな言い方だけど、人間、死ぬ気でやれば何とかなっちまうものだな。
この人の努力が凄いのはもちろんだけど、
昼間は店を手伝い、帰宅後の深夜に勉強する毎日。難解な法律用語は、法廷で裁判官らに尋ねた。
とあるように、裁判官らが専門家としてあるべき姿をとったというのも評価すべきかもしれんね。
・・・この裁判は、弁護士を含む専門家に対する教訓と見ることもできそうだ。
日々是精進なり。
テーマ : ちょっといいニュース。 - ジャンル : ニュース
世界を震撼させた写真
※死体系の写真もあるので注意!
▼らばQ『世界を震撼させた20世紀の衝撃写真』
こういう写真はいつ見ても心に深い一撃を与えるなぁ
以下、紹介されている写真にいくつかコメント。
ベトコンゲリラの処刑
『NHKスペシャル 映像の世紀』の中で、私が最もビビッた映像と同じ写真。「盗むな・壊すな・殺すな」――「人間が生きるために守るべき原則」と言われるもの。
この写真を見ると、戦争の前じゃこの原則も無力化するのかな?と思ってしまう。
また、ベトナム戦争絡みでは次の2つも印象深かったですね。
・南ベトナムの避難民が溢れかえる空母の上で、人々がスペースを確保するためにヘリコプターを海に投棄する。
・我が子だけでも亡命させようと、船にぶら下がっているロープに子供を括り付けて国から脱出させようとする親の姿。
ブーヘンヴァルト(Buchenwald)収容所キャンプ
この写真に似た話として、ドラマ『バンド・オブ・ブラザース』に「近くの町の住人に犠牲者の死体の整理を手伝わせた」というのがあった。(なお、『バンブラ』は史実に基づいているどうかで疑問の声が出ているというのを付け加えておく。)
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テレビドラマでここまで戦場が描けるのか
これはお買い得(いつの間に再リリース?)
考えさせられます。。。あと、「ユダヤ人を処刑する瞬間の映像」や「連合軍のブルドーザーが大量の死体を運ぶ映像」を『映像の世紀』で見て絶句した覚えがあるわぁ。
Omayra Sánchez(1985年)
写真は彼女が亡くなる数時間前にジャーナリストのフランク・フォーニアー(Frank Fournier) によって撮影されたものである。
最初は気丈に歌など歌っていたが、彼女は三日目に幻覚を見るようになりそのまま亡くなった。
・・・この表情、どう捉えればいいんだ?
高層ビルの上でランチ(1932年)
これは「爽快」の一言に尽きる。タグ : 読み物
ペルセウス座流星群とリーオニドの思い出
13日の明け方前に出現数がピークを迎えるらしい。
“Yahoo!ニュース『ペルセウス座流星群を見よう、国立天文台が観測報告募集』”より抜粋
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070810-00000312-yom-soci
国立天文台は、11日夜から14日朝にかけて出現が予想されるペルセウス座流星群の観測報告を、携帯電話とインターネットで募る。
...
国立天文台によると、13日の明け方が狙い目で、晴天に恵まれれば、1時間に30個の流星を目撃できる可能性がある。多くの流星を見るコツは、ペルセウス座の方角にこだわらず、空全体を見渡すことという。
ペルセウス座流星群の基本データは以下の通り。
・スイフト・タットル彗星から発生し、北東の空にあるペルセウス座を放射点とする。
・最古の観測記録は西暦36年。
・流星群として認識されたのは1837年。これはしし座流星群に次いで2番目である。
・「しぶんぎ座流星群」「ふたご座流星群」と並び、三大流星群の一つに数えられる。
・流星群が観測できるのは毎年7月下旬から8月20日頃で、8月13日前後にピークを迎える。
・ピーク時には1時間あたり30個から60個の流星が出現。
・流星の流れる速度は速いものの、明るく流星痕が残りやすいことから観測しやすい流星群だと言われる。
[参考]
■アストロアーツ『【特集】2007年 ペルセウス座流星群』
■ウィキペディア『ペルセウス座流星群』
■倉敷科学センター『ペルセウス座流星群を見よう』
観測データを募集
さて、元記事に書いてあるが、国立天文台はネット・携帯を通じて流星群の観測結果の報告を募集しているそうな。“国立天文台『「夏の夜・流れ星を数えよう」キャンペーン』”
(携帯サイトは【コチラ】)
夜空を意識して眺めるなんて、6年前――2001年11月の第3日曜日に「しし座流星群」を見た時以来、そんなやってない・・・つーか無いよなぁ。
しし座流星群と比べると流星の数は少ないそうだけど、今年は出現のピークが新月と重なり観測するには絶好の機会らしいから、ちっと外に出て夜空を眺めてみようかな。
星の夕立――リーオニド
・・・話は変わって、アメリカの児童文学作家、E・L・カニングスバーグが書いた「流星の夜」という小説を知ってる人はいますかねぇ?(私は国語の教科書で読んだのだけど)
これは、
ニューヨークの祖母のもとにやってきた少年が、11月のある夜、その祖母に誘われ、33年に一度しか起こらないという星の夕立「リーオニド」をセントラル・パークに観に行く。
というお話。
この記事書いててリーオニドの話を思い出したんで、調べてみた。
・・・リーオニド。
あれ、しし座流星群のことだったんですねぇ。
(作中に「テンプル・タトルがリーオニドを引き起こす」と書かれているが、このテンペル・タトルとは、しし座流星群の母天体「テンペル・タットル彗星」のことである。)
[参考]Spacesisのホームページ『ブックマーク』
6年前、友達と学校の敷地に寝そべってリーオニドを眺めた。
あの夜の体験は印象深いものであったが、また同じ体験をするには2034年頃まで――30年近く待たなければならないのか。
(しみじみ・・・)
タグ : ニュース
寿司屋は使い分けが必要か?――「時価」の謎
さて、値段が提示されている寿司屋がある一方で「時価」としか書かれていない寿司屋もある。
「時価」としか書かない理由として、「相場の影響を受ける」というのはよく言われているが、その他にこんな理由もあるそうな。
“Yahoo!ニュース(R25)『ボーナスで行きたいお寿司屋値段とメニューがないワケは?』”より抜粋
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070625-00000003-rec_r-ent
一方、メニューの表示がないのは、「ネタの種類が多すぎてメニューが長くなる」「時価なのでメニューを頻繁に変えなければいけない」という理由に加え、そもそも寿司屋が接待などに使われることから、「接待される側に気を遣わせない配慮から」だともいわれています。
[関連リンク]
■寿司くいねっと『昔も今も恐い?すし屋の時価』
■清鮨WebSite:注文などに関するF&Q。
・・・。
確かにバリバリな高級店ならこの理屈は納得できる。
でも寿司屋の人がこう言ってる一方で、昔から「高い値段を吹っ掛けられたぁ」なんて話が出ているのも事実のような気がするのだが・・・(汗)
ちなみに、20年以上前に書かれた物だけど、サトウサンペイ氏の『ドタンバのマナー』という本の中で「寿司屋に入るなら、“会社の重役スタイル”でなく“近所のオヤジスタイル”の方が値段を抑えられる」という話があったなぁ。
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社会人になる前に読みました「R25」の記事を読んだ感じ、「美味しいネタをたらふく食べたい場合」と「リッチな気分に浸りたい場合」とで店を使い分けるのがベターなようですな。
いや、もっとストレートな言い方をすると、「触らぬ神(時価表示の店)に崇り無し」か(笑)
まぁ、探せば焼肉食べるのと変わらない値段で“握り+汁物”をたらふく食べられるお店もあるワケだし。
タグ : 読み物













